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介護の看取りがつらいとき|利用者との別れから心を回復させる手順と相談先

公開: 2026年7月24日 / 編集: 介護のしるべ編集部

昨日まで、そこにいた人がいない。いつも座っていた食堂の椅子。「おはよう」と声をかけると、ゆっくり顔を上げてくれた、あの表情。——看取りのあと、あるいは入院先で亡くなったという知らせを受けたあと、胸にぽっかり穴が空いたような、この静かな痛みを、いま抱えているのかもしれません。そして「仕事なのに、こんなに引きずっていていいのだろうか」「プロなら割り切れるはずなのに」と、悲しんでいる自分のことまで、責めてはいないでしょうか。

まっ先にお伝えしたいことがあります。その別れがつらいのは、あなたが未熟だからでも、情が移りすぎたからでもありません。 大切に関わってきた人を失ったときに心と体に起こる反応には「グリーフ(悲嘆)」という名前があり、公的な機関も、心のバランスを取り戻す過程で起こる一般的な反応として説明しています。それだけではありません。看取りを担った職員の精神的負担を把握して支えることは、特養の看取り介護加算に関して国(厚生労働省)が示す看取りのプロセスにも位置づけられた、いわば制度が想定する「仕事の一部」です。泣くことは、プロ失格の証拠ではないのです。

だからこの記事は、あなたを励まして「早く元気に」とせかしたりはしません。悲しみの正体を整理したうえで、別れのあとに自分を回復させる手順——同僚との分かち合い、記録の区切り、振り返り(デスカンファレンス)の場の使い方——と、つらさが長引くときに頼れる相談先を、実際に看取りを経験した介護職の声とともにお渡しします。

まず結論:看取りがつらいのは、あなたが未熟だからではない

最初に、この記事でいちばん伝えたいことを3つに絞ってお伝えします。

1つめ。その悲しみは「グリーフ」と呼ばれる、ごく自然な反応です。 神奈川県が公開している、大切な人を亡くした方への案内でも、悲嘆は遺された人が心のバランスを取り戻す過程で起こる一般的な反応と説明されています。直すべき異常でも、恥ずべき弱さでもありません。毎日そばにいた介護職の心が揺れるのは、当たり前のことです。

2つめ。「慣れるべきだ」「泣くのはプロ失格」という精神論に、根拠はありません。 むしろ、特養の看取り介護加算に関して厚生労働省(老健局)が示す看取りのプロセスでは、多職種のカンファレンス等を通じて、実施した看取り介護の検証とあわせて「職員の精神的負担の把握と支援」を行うこととされています。悲しみへのケアは、我慢で乗り越えるものではなく、制度が看取りの一部として位置づけているものなのです。

3つめ。回復には、手順があります。 気持ちを否定しない。同僚とひと言分かち合う。記録に区切りをつける。職場の振り返りの場を使う。——順にたどれば、悲しみは少しずつ、心のなかに居場所を見つけていきます。それでも眠れない・食べられない状態が2週間ほど続くときは、無料の相談窓口や医療機関を頼っていい。具体的な窓口も、記事の後半にまとめました。

その悲しみには、「グリーフ」という名前がある

まず、いま感じているものの正体を整理させてください。名前が分かるだけで、少し心が落ち着くことがあるからです。

大切な人や、大切に関わってきた存在を失ったときに、心と体に起こるさまざまな反応のことを、**グリーフ(悲嘆)**といいます。神奈川県の遺族向けの案内では、悲嘆は「遺された方が心のバランスを取り戻す過程における一般的な反応」として説明され、感情のうえでは悲しみ・ショック・怒り・罪悪感や自責の念・後悔・不安や恐怖・孤独感、体のうえでは眠れない・食欲がわかない・頭痛・めまい・疲労といった反応が挙げられています。

つまり、「悲しい」だけがグリーフではありません。「なぜあのとき気づけなかったのか」という後悔も、夜勤明けのように抜けない疲れも、ふいに襲ってくる心細さも、すべてグリーフの一部です。「自分はおかしくなってしまったのでは」と怖くなる必要はありません。それは、心が大きな別れを受けとめようと、けんめいに働いている証拠です。

悲しみが、すぐに湧いてこなくてもいい

逆のことに戸惑っている人も、いるかもしれません。「思ったより悲しくない」「正直、少しほっとしてしまった」——長い看取り期を支えきったあとなら、悲しさより先に、安堵や疲れが来ることもあります。それは冷たさではありません。グリーフの現れ方は人によって違い、時間差でやってくることも珍しくないからです。数日たってから、あるいは別の利用者さんの姿にふと重なったときに、涙が出る。そういう形の悲しみ方も、ちゃんとあります。この記事は「悲しむべきだ」と言うためのものでもありません。湧いてくるものを、湧いてくるままに感じていい——それだけです。

毎日そばにいたのは、あなたです

グリーフケアというと、ご家族へのケアとして語られることがほとんどです。けれど、毎日その人のそばで食事を支え、入浴を手伝い、他愛ない話に笑い合ってきたのは、あなたです。積み重ねた時間の分だけ、あなたの心にもその人との結びつきが育っていました。「家族でもないのに、こんなに悲しんでいいのだろうか」と思う必要は、まったくありません。

その結びつきの深さを物語る記録があります。介護歴18年の介護職の方が、2年目のころの出来事として綴ったものです。デイの利用者さんの「いつもと違う」小さな様子に気づいて受診につなげたところ脳出血が見つかり、後日、ご家族から電話でこう伝えられたといいます。

母の最期に立ち会えたのは、あなたが気付いてくれたおかげです。

——「ありがとう」が教えてくれたこと ~介護職2年目で学んだ“変化に気づく力”~(note・2025年10月)より

この方は「この仕事は、利用者さんの“人生”に寄り添う仕事なのだと」気づかされたと書いています。デイや訪問では、入院してそのまま会えなくなる——看取りの場に立ち会えない形の別れも多いものです。それでも、日々の関わりと観察は、その人の最期の時間に確かにつながっています。もちろん、こんなふうに感謝の言葉をもらえる別れだけではありません。何も言葉のないまま終わる別れのほうが、多いかもしれない。それでも、あなたが重ねてきた日々の価値は、変わりません。悲しむ資格は、ちゃんとあります。

「慣れるべき」「泣くのはプロ失格」は、はっきり否定していい

看取りのあと、多くの介護職が自分を責めます。「何年やっても慣れない自分は、向いていないのではないか」と。もしかすると、職場の誰かに「いちいち引きずるな」と言われたことがあるかもしれません。ここでは、その精神論を、根拠を挙げて否定しておきます。

制度は、職員が悲しむことを前提につくられています。 特養の看取り介護加算に関して、厚生労働省(老健局)が示す看取り介護のプロセスには、「多職種が参加するケアカンファレンス等を通じて実施する」ものとして、「実施した看取り介護の検証」とあわせて「職員の精神的負担の把握と支援」が並べて位置づけられています(公益社団法人全国老人福祉施設協議会「看取り介護指針・説明支援ツール【平成27年度介護報酬改定対応版】」・2015年。同ツールはこの内容を厚生労働省老健局の資料として示しています)。同じ資料は、施設管理者に対して「入所者の死を看取る職員の精神的負担への配慮も必要」だとも明記しています。つまり国も業界団体も、看取りにあたる職員の心の負担を「あってはならない弱さ」ではなく、「把握して支えるべきもの」として扱っているのです。慣れや根性でやり過ごすことは、そもそも求められていません。

現場の実感も、これを裏づけます。数え切れないほどの看取りに立ち会ってきた現役の特養施設長は、noteでこう打ち明けています。

正直に言います。最初の頃は、怖かったんです。人の死と向き合うことが。

——看取り介護で学んだ、人生の最期に寄り添うということ(note・2026年1月)より

看取りの経験を重ねた施設長でさえ、最初は怖かった。そしてこの方は、経験を重ねた先にたどり着いた考えを、こう記しています。「看取り介護の本質は、『死』に向き合うことではなく、『生』を全うすることへの支援です」。お酒が大好きだった利用者さんに、ご家族の了解を得て、綿棒に日本酒を含ませて唇を湿らせたときの穏やかな表情が忘れられない、というエピソードとともに。

ここにあるのは「死に慣れた強い職員」の姿ではありません。怖さや悲しみを抱えたまま、それでも目の前の人の「生」を最期まで支える——その向き合い方の変化こそが、経験というものの正体です。表に出さないことと、感じていないことは別のことです。淡々と次の業務に戻っていくように見えるあの先輩も、心のなかでは悼んでいるのかもしれません。だから、涙が出る自分を「直そう」としなくていい。悲しみを感じられる感受性は、目の前の人の痛みや不安に気づく力と、地続きなのですから。

「もっと何かできたはず」——後悔と罪悪感の置きどころ

看取りのあとの悲しみには、しばしば**「後悔」と「罪悪感」が混じります。**「あのとき、もっと早く変化に気づけていれば」「最後にかけた言葉は、あれでよかったのか」「忙しさにまぎれて、そばにいる時間をつくれなかった」——そんな問いが、頭のなかで何度も再生される。神奈川県の遺族向けの案内でも、罪悪感や自責の念、後悔や心残りは、グリーフのなかで起こる自然な反応として挙げられています。心が弱いからわいてくるのではなく、大切な別れのあとには、だれの胸にも起こりうるものです。

覚えておいてほしいのは、後悔がこみ上げるのは、それだけ真剣にその人と向き合ってきた裏返しだということです。どうでもいい相手に、人は「もっと何かできたはず」とは思いません。心を寄せていなかった人ほど、後悔もしないものです。あなたを今いちばん苦しめているその後悔は、あなたが手を抜かなかったことの、確かな証しでもあります。

そのうえで、ひとつだけ。「あのときこうしていれば」という問いに、確かな答えを出すことは、多くの場合できません。時間は巻き戻せず、その仮定が本当に結果を変えたのかは、だれにも分からないからです。だからこそ、その問いをたった一人で抱えて、自分を裁く材料にしないでください。答えの出ない後悔は、自分を責めるためではなく、次に出会う人へのケアに少しずつ変えていくものです。そしてその整理は、あなた一人でやる作業ではありません。同じ人に関わった仲間と、このあと紹介する振り返りの場で分かち合えます。もし罪悪感が重く、眠れない・食べられないほどなら、それは記事の後半にまとめた相談窓口を頼ってよいサインです。

別れのあとに、自分を回復させる手順

では、具体的にどうやって回復していけばいいのか。「こうすれば消える」という魔法はありませんが、悲しみと折り合うのを助ける手順はあります。順番に紹介します。全部やる必要はなく、できそうなものからで十分です。

手順1:気持ちを、そのまま認める。 悲しい。怖かった。ほっとした。何も感じない。——どれであっても、「そう感じているんだな」とそのまま認めることが土台になります。「悲しんではいけない」「早く忘れなきゃ」と心にふたをするほうが、かえってつらさを長引かせます。感情に良し悪しはありません。

手順2:同僚と、ひと言だけ分かち合う。 「寂しくなりましたね」「あの笑顔、忘れられませんね」——同じ利用者さんをケアしてきた仲間との短いひと言で、「悲しいのは自分だけじゃなかった」と肩の力が抜けることがあります。長く語り合う必要はありません。休憩室での一往復の会話でも、悲しみを一人で抱えないための立派な支えになります。

手順3:記録に、区切りをつける。 最後の介護記録を丁寧に書き終える。日誌の片隅に、その人との思い出をひとつ書きとめる。心のなかで「ありがとうございました。ゆっくり休んでくださいね」と語りかける。——形はなんでもかまいません。自分なりの小さなお別れが、「ちゃんとお見送りした」という感覚を静かに残してくれます。

この「区切り」がどんなものかを教えてくれる記録があります。元介護士の方が、2〜3年目で経験した初めての看取りを綴ったものです。「ここが自分の家であり、最期もここで迎えたい」と望んだ利用者Oさん。その最期の望みだった入浴を、大人3人がかりの機械浴で叶えたときのことを、こう振り返っています。

浴槽に浸かっている間、Oさんの顔には「気持ち良い」という安堵の笑みが浮かび、その瞬間、私たちも「支えてよかった」と心から感じました。

——初めての看取りが教えてくれたこと―最期まで寄り添うという覚悟(note・2025年6月)より

Oさんはその夜、静かに息を引き取ったといいます。この方は「人の壮大な歴史が幕を閉じるとき、そばにいるべきだ、という強い想いが芽生えました」と書き、「お疲れさまでした」と見送ったことを深く胸に刻んでいます。悲しみと「支えてよかった」という気持ちは、同じ人の心のなかに同時にあっていいのです。ただ、誤解しないでほしいのですが、看取りがいつもこんなふうに「見送れる」形になるわけではありません。夜勤中の急変。出勤したら空いていたベッド。後悔の残る別れのほうが、現実には多いかもしれません。区切りは「望みどおりの看取りができた人」だけのものではなく、どんな形の別れのあとにも、自分のためにつけていいものです。

手順4:職場の「振り返りの場」を使う。 看取りのあとにデスカンファレンスや振り返りの時間がある職場なら、ぜひ参加してください。それは反省会ではなく、あなたの気持ちを整理する場でもあります(詳しくは次の章でお話しします)。

手順5:積み重なる疲れに、気を配る。 看取りの多い職場では、悲しむ間もなく次のケアに追われます。行き場をなくした悲しみは消えるわけではなく、心の奥に積もって、少しずつエネルギーを奪っていきます。「好きだったはずの介護に力が入らない」「利用者さんにやさしくできなくなった」と感じ始めたら、それは燃え尽き症候群(バーンアウト)——心の「電池切れ」のサインかもしれません。介護の燃え尽き症候群のサインと回復のしかたも、あわせて読んでみてください。

看取りの振り返り(デスカンファレンス)は、心のケアの場でもある

手順4で触れた「振り返りの場」について、もう少し詳しくお話しします。看取りのつらさを一人で背負わないための、いちばん確かな仕組みだからです。

デスカンファレンスとは、看取りのあとに関わった職員が集まり、提供したケアを振り返り、感じたことを分かち合う場のことです。 姫路市医療介護連携会議・地域看取り連携部会がまとめた施設向けの手引き(2025年3月発行)では、看取りのPDCAサイクルの「Check(振返り)」に、「看取り後のカンファレンス(デスカンファレンス)」と「職員の精神的負担の把握と支援(職員の思いを共有)」が並べて位置づけられています。ケアの検証と、職員の心のケアは、同じ工程の両輪なのです。

全国老人福祉施設協議会の「看取り介護指針・説明支援ツール」も、振り返りとフォローの進め方として、次のような取り組みを挙げています。

  • たとえ悔やまれる状況でも振り返りを行い、次の看取りに活かせるよう動機づけする
  • 職員への個別面接で、精神的負担の把握と支援の機会をつくる
  • ケースカンファレンスで、個々の感情を表出する場をつくる
  • 必要に応じて、メンタルケアの専門職にアドバイスを受ける

注目してほしいのは、「感情を表出する場をつくる」という言葉が公式のツールに書かれていることです。看取りのあとに気持ちを言葉にすることは、甘えでも、業務の邪魔でもありません。前の章で紹介した特養施設長も、看取りのあとには必ずスタッフとカンファレンスの時間を設けている、と書いていました。ひとりの方をお見送りしたあと、「あの人、こんな一面がありましたね」と語り合う時間は、ご家族へのグリーフケアと同じように、支えてきた職員自身の心を癒すケアになります。

もしあなたの職場に、まだそうした場がないなら。休憩中に同僚と思い出をひと言交わすことから、小さく始めてみてください。申し送りの最後の一分でもかまいません。そして、余力があれば「看取りのあとに振り返りの時間をつくりませんか」と提案してみる価値もあります。それはわがままな要望ではなく、加算の要件や公的な手引きにも沿った、まっとうな提案です。気持ちを出せる関係が職場にないと感じるときは、介護の人間関係に疲れたときも参考にしてください。

つらさが長引くときは、専門の窓口を頼っていい

悲しみがしばらく続くこと自体は、おかしなことではありません。大切な存在を失ったのですから、時間がかかって当然です。ただ、次のような状態が続いているときは、我慢を続けないでください。心が「手当てが必要です」と教えてくれているサインだからです。

  • 夜、なかなか眠れない。眠っても途中で目が覚めてしまう
  • 食欲がわかない。食べても味がしない
  • 涙が、自分でも止められないほどあふれる
  • 仕事にも、家のことにも、手がつかない
  • 悲しみが、何週間たっても薄らいでいく気配がない

こうした状態が2週間ほど続くようなら、一人で抱えるには重すぎる荷物になっているのかもしれません。厚生労働省の「まもろうよ こころ」では、無料で気持ちを聞いてもらえる相談窓口が案内されています。おもなものを挙げます。

**こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)**は、お住まいの都道府県などの心の相談窓口につながる電話です。対応する曜日・時間は地域によって異なります。**よりそいホットライン(0120-279-338)**は24時間対応で、どんな悩みでも無料で相談できます。夜勤明けの明け方など、ほかにかけられる先がない時間帯も受けとめてくれます。**いのちの電話(0120-783-556)**は毎日16時から21時まで(毎月10日は朝8時から翌朝8時まで)対応しています。

これらの窓口は、「こんなことで電話していいのかな」というためらいごと受けとめてくれる場所です。「利用者さんを亡くして、つらいんです」——その一言から始めれば、あとは向こうが聞いてくれます。

眠れない・食べられないといった体の不調が続くときは、心療内科や精神科を頼ることも大切な選択です。心がケガをしたときに専門家を頼るのは、骨折したら整形外科に行くのと変わりません。働く人の心の健康については、厚生労働省の「こころの耳」にも相談先がまとめられています。頼ることは、弱さではなく、この仕事を長く続けていくための自分の守り方です。

おわりに

利用者さんとの別れがこんなにもつらいのは、あなたがその人の暮らしに、心をこめて関わってきたからです。悲しみはグリーフという自然な反応であり、職員の心のケアは制度も想定している看取りの一部。「慣れるべき」「泣くのはプロ失格」という言葉に、従う必要はありません。

すぐに切り替えられなくていい。悲しみが湧いてこなくてもいい。気持ちを認め、同僚とひと言分かち合い、記録に区切りをつけ、振り返りの場を使う。——その歩みのなかで、その人の思い出はいつか、痛みよりもあたたかさとして残っていきます。そして、一人で抱えるには重すぎると感じたら、どうか相談窓口や医療機関を頼ってください。看取りのつらさだけでなく、介護という仕事そのものの重さに心が押しつぶされそうなときは、介護がきつい・つらいと感じる理由と、抱え込まないための考え方も、そっとのぞいてみてください。

あなたが重ねてきた日々の関わりは、その人の暮らしを確かに支えていました。だからどうか、その人を悼むのと同じくらい、悲しんでいるあなた自身のことも、大切にしてあげてください。

よくある質問

担当していた利用者さんが亡くなって悲しいのは、おかしいことですか?

おかしいことではありません。大切な人を亡くしたときに心と体に起こるさまざまな反応は「グリーフ(悲嘆)」と呼ばれ、神奈川県が公開している遺族向けの案内でも、心のバランスを取り戻す過程で起こる一般的な反応として説明されています。毎日そばで食事や入浴を支え、その人の暮らしに関わってきた介護職に悲しみが生まれるのは、ごく自然なことです。涙が止まらないことも、逆にすぐには悲しみが湧いてこないことも、どちらも異常ではありません。

看取りのあと、気持ちをどう切り替えればいいですか?

無理に切り替える必要はありません。悲しみはスイッチのように消せるものではなく、時間をかけて折り合っていくものです。回復を助ける手順としては、まず「悲しい」「怖かった」という気持ちをそのまま認めること、同じ利用者さんをケアした同僚と「寂しくなりましたね」とひと言分かち合うこと、最後の介護記録を丁寧に書き終えるなど自分なりの区切りをつけること、職場に看取りの振り返り(デスカンファレンス)の場があれば参加すること、が挙げられます。すぐに切り替えられなくても、プロ失格ではありません。

デスカンファレンスとは何ですか?

デスカンファレンスとは、看取りのあとに関わった職員が集まり、提供したケアを振り返り、感じたことを分かち合うカンファレンスのことです。ケアの検証だけでなく、職員が気持ちの整理をつける場、つまり職員自身のグリーフケアの場としての役割もあります。特別養護老人ホームの看取り介護加算に関して、厚生労働省(老健局)が示す看取りのプロセスでは、多職種が参加するケアカンファレンス等を通じて、看取り介護の検証とあわせて職員の精神的負担の把握と支援を行うこととされています(公益社団法人全国老人福祉施設協議会「看取り介護指針・説明支援ツール【平成27年度介護報酬改定対応版】」より。同ツールは厚生労働省老健局の資料を出典として明記)。

グリーフケアは介護職にも必要ですか?

必要です。グリーフケアとは、大切な存在を失って深く悲しんでいる人が、その悲しみと少しずつ折り合い、心の落ち着きを取り戻していくのを支える関わりのことです。介護の現場ではご家族へのグリーフケアが語られることが多いですが、日々ケアをしてきた介護職員自身も、看取りのあとに悲しみを抱えます。特別養護老人ホームの看取り介護加算に関して国が示す看取りのプロセスに職員の精神的負担の把握と支援が位置づけられているように、職員の心のケアは制度のうえでも看取りの一部とされています。

利用者さんを亡くしたつらさが消えません。どこに相談すればいいですか?

眠れない・食べられない・涙が止まらない・仕事にも日常にも手がつかない状態が2週間ほど続くときは、専門の窓口や医療機関を頼ってください。厚生労働省が案内する「こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)」や、24時間対応の「よりそいホットライン(0120-279-338)」など、無料で気持ちを聞いてもらえる窓口があります。体の不調が続くなら心療内科・精神科も選択肢です。頼ることは弱さではなく、自分を大切に手当てする行動です。

何度看取っても慣れません。慣れないのは、看取りに向いていないということですか?

慣れないことは、看取りに向いていないことの証拠ではありません。大切に関わってきた人の死に心が動くのは、相手の痛みや不安に気づく感受性の裏返しでもあります。数え切れないほどの看取りに立ち会ってきた現役の施設長でさえ、「最初の頃は、人の死と向き合うことが怖かった」と振り返っています。大切なのは、慣れて何も感じなくなることではなく、怖さや悲しみを抱えたまま目の前の人を支える向き合い方です。つらさは、同僚とひと言分かち合う、看取り後の振り返り(デスカンファレンス)の場を使うといった方法で和らげていけます。それでも心身の不調が続くときは、無理をせず相談窓口や医療機関を頼ってください。

出典


本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、正確性・最新性を保証するものではありません。 制度や施設の状況は変わることがあります。実際のご判断の前には、各施設・公式情報や公的機関でご確認ください。

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