働き方
BPSDとは|中核症状との違いと、きっかけ・背景因子の記録の書き分け
内容確認: 2026年7月28日 ・ 次回確認期限: 2027年4月30日 ・ 編集部確認済み
「これはBPSDだから、しょうがないよね」。申し送りがその一言で終わって、次の勤務者に何も渡らないまま日付が変わっていく。そういう場面に、覚えがあるかもしれません。
じつはこの使われ方を、認知症介護研究・研修東京センターの解説論文が名指しで戒めています。「BPSDと判断した途端に対応を放棄する事態がしばしば生じていると聞きます」。同じ論文は、ケア技術について「これだけでBPSDを良くしようとすると無理が生じます」とも書きました。うまくいかないのは、あなたの関わり方だけの問題ではありません。
先にお伝えすると、BPSDは「困った行動」の言い換えではありません。1996年に「行動障害」という言葉に代えて提案され、1999年にいまの4文字になった医学用語です。そして法令は、認知症の範囲からせん妄やうつ病を明文で除いています。
言葉の線引きが分かると、記録の書き方が変わります。読み終えたとき、「BPSDあり」と書きかけた1行を、誰が困っていて、直前に何があって、背景に何を確かめたのかが分かる形に書き直せるようになっているはずです。
まず結論:BPSDは「困った行動」ではない

BPSDは、1996年に「行動障害」に代わる言葉として提案されました。 国際老年精神医学会(IPA)が開いた合意会議で決まり、1999年のアップデート会議で “Signs and” が落ちて、いまの Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia になりました。かつて「問題行動」と呼ばれていたものを、そう呼ばないために作られた言葉です。
法令は、認知症の範囲からせん妄やうつ病を明文で除いています。 介護保険法施行令は認知症を定義するとき、括弧書きで「せん妄、鬱病その他の厚生労働省令で定める精神疾患を除く」と書きました。定義を解説した論文も「BPSDにせん妄は含まれません」と明記しています。ただしせん妄はBPSDの悪化要因としてきわめて重要なので、区別したうえでつなげて見る必要があります。
「私が困る」は、BPSDと判断する根拠になりません。 一人の介護者が困ったからBPSDだ、という判断は主観にとどまります。求められているのは客観的な把握であり、BPSDと判断することは対応の終点ではなく起点です。
「これはBPSDだから」で申し送りが終わると、次の人は何も受け取れません。この記事で扱うのは症状の一覧ではなく、言葉の線引きと、記録での書き分けのほうです。
BPSDという言葉が生まれるまで

いま現場で当たり前に使われているBPSDは、30年前には存在しない言葉でした。何に代わって作られたのかを知ると、この言葉の性格が見えてきます。
1996年、「行動障害」に代えて提案された
認知症介護研究・研修東京センターの山口晴保氏らによる解説論文(認知症ケア研究誌 2:1-16、2018年)が、成立の経緯を書き残しています。以下、この記事で「論文」と呼ぶのはこの文献です。
1996年に国際老年精神医学会(International Psychogeriatric Association; IPA)が認知症の行動障害に関する合意会議(Consensus Conference on the Behavioral Disturbance of Dementia)を開催しました…Behavioral and Psychological Signs and Symptoms of Dementiaという用語を行動障害(behavioral disturbance)という用語に代えて用いるべきだということが決まりました。
注目したいのは「代えて用いるべき」という部分です。それまで使われていた「行動障害(behavioral disturbance)」を置き換えるために提案された、という順序でした。
日本語でも同じことが起きました。かつて「問題行動」と呼ばれていたものが、BPSDや「行動・心理症状」へ置き換わっていったのです。介護のしるべでは、2004年に「痴呆」が「認知症」へ変わった経緯を尊厳とは(介護保険法に後から加えられた言葉)で扱いました。呼び名を替える動きは、同じ時期に重なっています。
1999年、“Signs and” が消えた
この話には続きがあります。
さらに、1999年のアップデート会議で追加討議が行われた結果 “Signs and”が削除されてBehavioral and Psychological Symptoms of Dementia (BPSD)の定義が示されました
こうして示された定義を、原文のまま引きます。
“symptoms of disturbed perception, thought content, mood or behavior that frequently occur in patients with dementia”
同じ論文が付けている直訳はこうです。
認知症患者にしばしば生じる、知覚認識または思考内容または気分または行動の障害による症状
**「しばしば生じる」であって「必ず生じる」ではありません。**ここが、あとで見る中核症状との大きな違いになります。
定義に添えられた具体例は、心理症状と行動症状に分かれていました。原典が挙げているものを、落とさずに並べます。
| 区分 | どう明らかにされるか(原文) | 挙げられている症状 |
|---|---|---|
| 心理症状 | 通常は、主として患者や親族との面談によって明らかにされる | 妄想、誤認、幻覚、うつ、アパシー、不眠、不安 |
| 行動症状 | 通常は患者の観察によって明らかにされる | 徘徊、焦燥・攻撃性、介護に対する抵抗、不適切な性的行動、破局反応、夕暮れ症候群、叫声、不穏、文化的に不釣り合いな行動、収集癖、ののしり、つきまとい |
ただし論文自身が「心理症状と行動症状の区別は明確ではない」と述べていました。不安そうにうろうろしている場面は、不安という心理面と、うろうろするという行動面の両方を含みます。きれいに二分できる作りにはなっていません。
「周辺症状」「問題行動」とは何が違うのか
現場では、いまも「周辺症状」という呼び方が使われます。論文はこう整理していました。
この②と③を合わせたものがBPSDで、我が国では周辺症状や随伴症状といわれたものにほぼ相当します
「ほぼ相当」であって「同じ」ではない、という書き方です。では、なぜ「周辺」という言い方が生まれたのでしょうか。
認知症状(中核症状)は必ず出現しますが、BPSDは認知症の人全員にみられるわけではないという意味から周辺症状や随伴症状などの用語が使われてきた歴史があります
| 呼び方 | 指しているもの | どこで使われてきた言葉か |
|---|---|---|
| 中核症状 | 認知機能の障害。認知症であれば必ず出現する | 日本で定着した呼び方。欧米では cognitive symptoms(直訳すると認知症状) |
| BPSD | 行動面と心理面の症状。全員にみられるわけではない | 1996年にIPAが提案し、1999年に現在の形になった国際的な用語 |
| 周辺症状・随伴症状 | BPSDにほぼ相当 | 日本で使われてきた呼び方 |
| 問題行動 | BPSDのかつての呼び方 | 置き換えの対象になった側の言葉 |
なお論文は、「認知症状」という言い方について注意も添えていました。欧米の cognitive symptoms の直訳が「認知症状」なのに対し、日本の介護現場では「認知症の症状」の意味で誤用されている、という指摘です。日本では認知機能の障害を指す言葉として「中核症状」が使われてきました。
その「問題行動」について、論文は「介護側が困ることが多いからです」と、名前の由来をはっきり書いています。誰にとっての問題なのかが、言葉そのものに埋め込まれていたわけです。
せん妄はBPSDに含まれない
ここが実務でいちばん効く区別です。
なお、周辺症状や随伴症状にはせん妄が含まれるとする教科書がありますが、BPSDにせん妄は含まれません。せん妄は意識障害の一種で、認知症の症状であるBPSDとは区別されます。せん妄は症状が変動し、適切な治療で軽快するのでBPSDとは区別して対応する必要があります。
「症状が変動し、適切な治療で軽快する」。ここが分かれ目になります。
夕方から夜にかけて急に落ち着かなくなり、翌朝には別人のように穏やかになる。そういう変動があるときにBPSDとして扱い続けると、治療で良くなる状態を見逃すことになりかねません。
さらに論文は、両者の関係にも触れていました。
認知症にせん妄が伴っている場合、せん妄が軽快するとBPSDも改善します
せん妄はBPSDに含まれないけれども、BPSDの悪化要因としてはきわめて重要。切り離すのではなく、区別したうえでつなげて見る必要があります。
なお、せん妄かどうかを診断するのは医師の役割です。介護職にできるのは、いつ・どのくらいの時間・どんな様子だったかという変動の事実を記録に残し、医療につなぐところまでになります。
法令は認知症のどこに線を引いているか

BPSDは医学の用語ですが、介護保険の世界では法令が「認知症とは何か」を定めています。そしてその条文は、意外なほどはっきり線を引いていました。
認知症の定義は2021年4月に変わった
まず法律から見ます。介護保険法(平成九年法律第百二十三号)第五条の二第1項は、認知症をこう定義しています。
認知症(アルツハイマー病その他の神経変性疾患、脳血管疾患その他の疾患により日常生活に支障が生じる程度にまで認知機能が低下した状態として政令で定める状態をいう。以下同じ。)
この条文は、比較的最近になって書き換えられたものです。厚生労働省老健局長の通知が、経緯を説明していました。
令和2年6月 12 日に公布された地域共生社会の実現のための社会福祉法等の一部を改正する法律(令和2年法律第 52 号)により、介護保険法(平成9年法律第 123 号)第5条の2第1項等に規定する認知症の定義が改正され、認知症の定義を見直すとともに、今後の医学等の発展に対応できるよう、詳細は政令で定める状態とする委任規定が置かれ、本日施行されたところです。
通知の日付は令和3年(2021年)4月1日。この日から新しい定義が動いています。
読みどころは「詳細は政令で定める状態とする委任規定が置かれ」の部分です。法律本体には大枠だけを書き、細かい範囲は政令に預けた。医学の進歩に合わせて動かしやすくするための設計でした。
政令が「せん妄、鬱病…を除く」と書いている
では、預けられた政令には何が書いてあるのか。介護保険法施行令(平成十年政令第四百十二号)第一条の二を見ます。
法第五条の二第一項の政令で定める状態は、アルツハイマー病その他の神経変性疾患、脳血管疾患その他の疾患(特定の疾患に分類されないものを含み、せん妄、鬱病その他の厚生労働省令で定める精神疾患を除く。)により日常生活に支障が生じる程度にまで認知機能が低下した状態とする。
括弧の中を読んでください。せん妄と鬱病が、名指しで除かれています。
前の章で見た解説論文は「BPSDにせん妄は含まれません」と書いていました。それとはまったく別の道筋で、法令もまた認知症の範囲からせん妄を外していることになります。
一方で「特定の疾患に分類されないものを含み」という一文も入りました。この趣旨も通知が説明しています。
…国際疾病分類第 10 版(ICD-10)等の整理も踏まえ、その認知症の原因となる原因疾患について、アルツハイマー病等の特定の診断名がつくものだけではなく、認知機能の低下は認められるが原因が「特定不能」のようなものも含み得ることについて、明確化したものであること。
診断名がつかないケースを排除しない、という方向の明確化でした。除くものは名指しで除き、含むものは広く取る。政令はそう組み立てられています。
省令が挙げている精神疾患
政令が「厚生労働省令で定める精神疾患」と書いたので、もう一段降ります。介護保険法施行規則(平成十一年厚生省令第三十六号)第一条の二です。
令第一条の二の厚生労働省令で定める精神疾患は、せん妄、鬱病その他の気分障害、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、統合失調症、妄想性障害、神経症性障害、知的障害その他これらに類する精神疾患とする。
通知は、この並びの性格をこう説明しました。
…上記の精神疾患は、国際疾病分類第 10 版(ICD-10)における認知症以外の精神疾患(精神及び行動の障害)の代表例について、規定したものであること。
法律 → 政令 → 省令と3段に降りて、ようやく範囲が確定する構造です。
| 段 | 条文 | ここで決まること |
|---|---|---|
| 法律 | 介護保険法 第五条の二第1項 | 大枠の定義と、政令への委任 |
| 政令 | 介護保険法施行令 第一条の二 | 含めるもの(特定不能を含む)と、除くものの大枠 |
| 省令 | 介護保険法施行規則 第一条の二 | 除かれる精神疾患の具体名 |
この線引きは、条文の中だけの話ではありません。要介護認定の主治医意見書の様式を開くと、「3.心身の状態に関する意見」に次の欄が並んでいます。
| 欄の名称 | 記入するもの |
|---|---|
| 認知症の中核症状 | 短期記憶/日常の意思決定を行うための認知能力/自分の意思の伝達能力 |
| 認知症の行動・心理症状(BPSD) | 幻視・幻聴、妄想、昼夜逆転、暴言、暴行、介護への抵抗、徘徊、火の不始末、不潔行為、異食行動、性的問題行動、その他 |
**中核症状とBPSDが、別の欄として分かれています。**要介護認定の場で医師が書く様式の側でも、この2つはひとまとめにはされていません。
そしてこの2つの欄には、どちらにも同じ但し書きが付いています。「認知症以外の疾患で同様の症状を認める場合を含む」。同じ症状が認知症以外の疾患でも起こりうることを、様式そのものが前提にしているわけです。BPSDという名前がついていても、その症状があることは認知症であることの証明にはならない。ここは次の節につながります。
ここで気をつけたい点があります。これは**認知症の定義からの除外であって、BPSDの定義からの除外ではありません。**省令には「妄想性障害」が入っていますが、BPSDの心理症状にも妄想が挙げられています。
独立した精神疾患としての妄想性障害と、認知症にともなって現れる妄想は別のものです。どちらにあたるかの判断は医師が行うものであり、介護職が状態から見分ける話ではありません。
認知症の定義に、BPSDは入っていない
条文をもう一度読み直すと、あることに気づきます。認知機能の低下と日常生活の支障は書かれているのに、行動・心理症状はどこにも出てきません。
解説論文も、同じ点を指摘していました。
認知症状(中核症状)と生活障害が定義に含まれて必須要件ですが、BPSDは定義に含まれていません
理由も添えられています。BPSDを伴わないケースもあるので、定義には必須要件だけを入れた、という解釈です。
現場の感覚とは、ずれるかもしれません。認知症のケアといえばBPSDへの対応、という受け取り方は根強くあります。それでも制度の側では、BPSDは認知症であることの必須要件になっていない。BPSDが出ていない人も、当然に認知症の人だということです。
2024年、BPSDの予防が報酬の要件になった

ここまでは言葉と定義の話でした。制度の側も動いています。2024年度の介護報酬改定で、BPSDの予防に取り組む体制そのものを評価する加算が新しく作られました。
認知症チームケア推進加算が新設された
厚生労働省老健局の3課長が連名で出した通知が、創設の理由を書いています。
…認知症の行動・心理症状(以下「BPSD」という。)の発現を未然に防ぐため、あるいは出現時に早期に対応するための平時からの取組を推進する観点から、「認知症チームケア推進加算」を創設することとしたところです。
「平時からの取組」という言い方に、この加算の性格が出ています。症状が出てから動くのではなく、出る前の体制を評価するという設計です。
対象になる人の範囲も、通知で定められました。
本加算の対象者である「周囲の者による日常生活に対する注意を必要とする認知症の者」とは、日常生活自立度のランクⅡ、Ⅲ、Ⅳ又はMに該当する入所者等を指す。
要件には、研修を修了した人の配置も含まれます。加算(Ⅰ)は認知症介護指導者養成研修、加算(Ⅱ)は認知症介護実践リーダー研修を修了し、いずれも新設の「認知症チームケア推進研修」を修了した人です。
実践リーダー研修は実践者研修の先にある階段なので、いま無資格・未受講の人にとっては遠く感じるかもしれません。入口にあたる研修は認知症介護実践者研修とは(受講の条件・学ぶ内容)にまとめました。
通知の順序は「尊厳が先、BPSDの予防は結果」
この加算でいちばん読む価値があるのは、要件そのものではなく、通知の冒頭に置かれた考え方のほうです。
認知症ケアについては、認知症である入所者または入居者(以下「入所者等」という。)の**尊厳を保持した適切な介護を提供することが、その目指すべき方向性である。**入所者等に日頃から適切な介護が提供されることにより、BPSD の出現を予防し、出現時にも早期対応し重症化を防ぐことが可能となる。
順番を見てください。目指すべき方向性は「尊厳を保持した適切な介護」であって、BPSDを抑えることではありません。BPSDの予防は、適切な介護が提供された結果として位置づけられています。
「BPSDを減らすために何をするか」という問いの立て方とは、向きが逆です。介護保険法の目的規定に「尊厳を保持し」が加えられた経緯は尊厳とは(介護保険法に後から加えられた言葉)にまとめました。この加算の通知は、その延長線上にあります。
月1回以上と、変化時の2種類の会議
通知は、チームに具体的な回し方も求めています。
…対象者 1 人につき月 1 回以上の定期的なカンファレンスを開催し、BPSD を含めて個々の入所者等の状態を評価し、ケア計画策定、ケアの振り返り、状態の再評価、計画の見直し等を行うこと。
さらに続きがあります。
日々のケアの場面で心身の状態や環境等の変化が生じたとき等は、その都度カンファレンスを開催し、再評価、ケア方針の見直し等を行うこと。
定期のものと、変化があったときのもの。会議が二重に求められている形です。会議の種類と法令上の位置づけはカンファレンスとは(法令が名前を付けた2つの会議)で整理しました。
記録についても指定がありました。状態の評価・ケア方針・実施したケアの振り返りは、別紙様式のワークシートと介護記録に「詳細に記録すること」とされています。
「画一的な計画とならないよう留意すること」
通知には、釘を刺すような一文も置かれています。
…計画の作成にあたっては、評価の結果と整合性が取れた計画を、個々の入所者等の状態に応じて個別に作成することとし、**画一的な計画とならないよう留意すること。**また、ケアにおいて入所者等の尊厳が十分保持されるよう留意すること。
評価をして、その結果とつながる計画を立てる。当たり前のことに聞こえますが、わざわざ書かれているということは、そうならない例があるからでしょう。評価票は埋まっているのに計画は去年と同じ文面、という状態を思い浮かべた人もいるかもしれません。
なお、加算を算定できるかどうかを判断するのは保険者です。ただ、ここに書かれた考え方そのものは、加算を取っていない事業所でもそのまま使えます。評価と計画がつながっているかは、様式に関係なく確かめられる観点です。
同じ行動が、見る角度でBPSDにも中核症状にもなる

ここからは現場の具体に入ります。解説論文はいくつも例を挙げているのですが、読むと「BPSDかどうか」は思ったほど自明ではないことが分かります。
便座のふたを開けずに排尿した、を3つの視点で見る
論文が出している例のひとつです。洋式トイレで便座のふたを開けずに排尿した。これはBPSDでしょうか。
「便座のふたを開けずに排尿」という行動を、「多くの人はそうしないし、多くの介護者が困る症状」という視点で見ればBPSD、失行・失認という視点で見れば認知症状(中核症状)、ADLの視点で見れば生活障害となります。起こっている事象をどの視点で見るかによって、その行為がBPSDかどうかが180度変わってくるといえるのです。
3つの視点は、記録に書くことも変えます。
| どの視点で見るか | この行動の呼び名 | その視点なら記録に何を書くか |
|---|---|---|
| 多くの人はそうしないし、多くの介護者が困る | BPSD | いつ・どの場面で起きたか、直前に何があったか |
| ふたをふたと認識できなかった/開け方が分からなかった | 中核症状(失認・失行) | ふたに手が伸びたか、途中でどう止まったか |
| トイレという生活動作ができていない | 生活障害 | どこまで自分でできて、どこから介助が要ったか |
そして論文は、どれか一つが正解だとは書いていません。
ですが、どの視点も本人が洋式トイレを使えるようにするための対応策を考える上では必要です。
分類を当てることが目的ではありません。生活動作の見方についてはADLとは(できるADL・しているADLの違い)で扱いました。
帰宅願望は、どこからBPSDなのか
もう一つ、判断に迷う例が挙げられています。
施設の入居者が①「帰りたい」とつぶやいた、②「帰りたい」と大声をだした、③玄関ドアの前に立ち続けた、④玄関ドアの前で「帰せ!」と怒鳴った、⑤さらにドアを蹴った、どれがBPSDでどれがBPSDではないでしょうか?
論文は「①以外をBPSDととらえる人が多いでしょうか」と受けたうえで、こう続けました。
しかし、自分の意に反して施設に入れられたら多くの人が帰りたいと思うでしょう。たとえドアを蹴っても、本人の視点にたてば「正当な行為」なのでBPSDには該当しないと考えるケア専門職もいるでしょう。
線がどこにあるかは、専門職のあいだでも割れる。そのことを原典が正面から認めています。
判断の手がかりとして論文が挙げているのは「誰もが行うような正常な行動か、世間の常識を逸脱した異常な行動か」という点でした。社会のルールから外れると、BPSDという症状として扱われます。ただし論文は「人の感情や行動に異常・正常の境目を引くのは簡単ではありませんし、安易に“異常”とすることは問題があります」とも書き添えていました。
尿失禁はBPSDか
見解が割れる例として、尿失禁も取り上げられています。
行動障害の評価尺度である DBD(Dementia Behavior Disturbance scale)には、項目として尿失禁が含まれます。尺度に従えばBPSDになる。ところが論文の著者らは、そうは考えないと明言しました。
理由は3つ挙げられています。尿失禁は認知症に特有の症状ではないこと、脳や脊髄の排尿調節中枢が壊れると生じること、健常な高齢女性でも姿勢変換などで漏れることがあること。高齢者にしばしばみられる生理的な機能障害の要因が主である、という判断でした。
筆者らは尿失禁はBPSDではないと考えます
ここは論文の著者らの見解であり、評価尺度の立場とは異なります。**専門家のあいだでも一致していない領域がある。**それを知っておくだけで、記録の書き方は変わります。「BPSDあり」と断定するより、起きた事実をそのまま書いておくほうが、あとから読む人の判断を狭めません。
「私が困る」は判断の根拠にならない
ここまでの例に共通するのは、判断が主観に流れやすい点です。論文は、そこにも釘を刺していました。
「介護者が困る」という判断についての補足です。一人の介護者が「私が困る」から、これはBPSDだと判断するのでは、主観的な判断となってしまいます。そうではなく、社会の多くの人が困ると判断するだろうという客観的な判断がBPSDに求められます。
夜勤で何度も呼ばれて大変だった。それは事実ですが、そのしんどさだけを根拠にBPSDと呼ぶことはできません。
そして、この記事でいちばん引きたい一文が続きます。
介護現場では、「この行動はBPSDだからしょうがないよね」と、BPSDと判断した途端に対応を放棄する事態がしばしば生じていると聞きます。本来は、その場で生じている事態をBPSDと判断すればこそ、そこから解決策を探る対応が始まるのです。BPSDを誤用しないでほしいと思います。
**BPSDと判断することは、対応の終点ではなく起点。**原典はそう書いています。「しょうがないよね」で終わる申し送りは、この言葉が作られた向きとは逆を向いていることになります。
BPSDのきっかけと背景因子は別物

では、起点に立ったあと何を見るのか。論文は、原因を2層に分けて整理することを勧めています。直前の出来事である「きっかけ」と、その奥にある「背景因子」です。
BPSDが生じたとき、その直前の出来事を誘因(きっかけ;トリガー)として、BPSDの原因となる背景因子と区別して解説します
例として挙がっているのは、もの忘れを指摘されて声を荒げた場面でした。きっかけは「相手が指摘したこと」。ただし背景には、記憶障害があること、病識が低下していてもの忘れの自覚に乏しいこと、ふだんから間違いを指摘されて不満が積もっていること、もの忘れにともなって自分が壊れていく漠然とした不安を抱えていることなど、複数の要因が重なっています。
論文は、この2層の関係を火山にたとえていました。
上記に示した多様な背景因子によりBPSDが生じやすい基盤が作られ、不安や不満がうっ積しているところにケアする者からのきつい言葉などの誘因(きっかけ)が加わると、顕著なBPSDとなります。火山にたとえると、様々な要因が積み重なってマグマだまりができているところに、誘因が加わって火山が爆発するというイメージです。
マグマだまりと、噴火の引き金。きっかけだけを見て「◯◯さんが声をかけたから怒った」と書くと、下にたまっていたものがまるごと落ちます。
まずIPAが挙げた4つの要因
背景因子の分類として、よく参照されるのがIPAのBPSD教育パックの整理です。論文はこう紹介しています。
| 要因 | 中身 |
|---|---|
| 遺伝的要因 | 遺伝子異常 |
| 神経生物学的要因 | 各種神経伝達物質の変化など脳の神経化学的変化、脳の病理学変化、概日リズム障害 |
| 心理学的要因 | その人の性格やストレスに対する反応など |
| 社会的要因 | 環境や介護者の要因 |
このうち介護の現場が直接触れられるのは、下の2つです。ただ、この4分類だけでは日々の判断材料になりにくいところがあります。そこで著者らは、実務に寄せた整理を別に示しました。
介入が難しい5つの要因
著者らは背景因子を、介入できるものとできないものに分けています。まず、介入が難しいほうです。
| 要因 | 内容 |
|---|---|
| 脳病変 | 脳の病変そのもので生じるもの。前頭側頭型認知症の脱抑制など |
| 認知症状(中核症状) | レビー小体型認知症の幻視のように、BPSDでも中核症状でもあるもの |
| 高齢期疾患(身体合併症) | 変形性膝関節症、腰痛症、呼吸不全、心不全など、日常生活の活動を制限するもの |
| 地域・文化 | 認知症をオープンにすることが恥ずかしい、といった地域の文化 |
| 生活史(ライフヒストリー) | その人の歩んできた歴史が、性格や価値観や行動に与える影響 |
ここに「生活史」が入っているのは、実務では大きい話です。介入はできないけれども、知ることはできる。何を大事にしてきた人なのかが分かると、同じ行動の見え方が変わります。
介入できる8つの要因
一方、手を入れられる要因も並んでいます。
| 要因 | 内容 |
|---|---|
| 薬剤 | 認知症治療薬のほか、多剤投与、抗コリン作用をもつ薬剤、向精神薬など |
| 居住環境 | 人的な生活環境の影響が大きい。温度や騒音などの物理的な環境も |
| せん妄 | BPSDとは区別するが「悪化要因としてきわめて重要」 |
| 生活障害 | IADLやADLの障害。うまくできないことでのいらつきや自信喪失 |
| 体調 | 便秘、脱水、発熱、疼痛、掻痒 |
| ケア技術・関係性 | 失敗を指摘したり非難する態度がBPSDを悪化させる |
| 社会資源 | 介護保険サービスやインフォーマルサポートの充実度、担当ケアマネジャーの力量、地域包括支援センターや認知症初期集中支援チームの関わり |
| 不安・喪失感・心配事 | できないことが増えることなどから生まれる漠然とした不安感や喪失感。周囲からの指摘がそれを悪化させる |
いちばん下の行を、詳しく見てください。原文はこうです。
記憶障害や見当識障害で過去と現在のつながりが失われ、遂行機能障害によりできないことが増えることなどから、自分の存在が失われていく漠然とした不安感や喪失感が生まれ、BPSD の背景となります。「こんなこともできないの」「もっとしっかりしてよ」などの周囲からの指摘が、さらに不安・喪失感や抑うつを悪化させ、いらいらを募らせます。
「こんなこともできないの」。悪気なく出てしまう一言が、背景因子を厚くする側に回ると書かれています。
「体調」の行も見逃せません。便秘、脱水、発熱、痛み、かゆみ。これらは易怒性や焦燥の背景要因になります。
落ち着かない、怒りっぽい。そう感じたとき、最初に確かめられるのは排便の記録かもしれません。
なお、薬剤の調整は医師と薬剤師の領域です。介護職にできるのは、いつから様子が変わったかを記録に残し、服薬の変更時期と突き合わせられる形にしておくところまでになります。
ケア技術だけで良くしようとすると無理が生じる
「ケア技術・関係性」の項目には、こういう注記が付いていました。
ケア技術は大きな要因ですが、**これだけで BPSD を良くしようとすると無理が生じます。**たくさんの要因のなかの一つという位置づけの理解が必要です。
自分の対応が悪いからBPSDが強く出るのだ、と抱え込む人は少なくありません。ただ、背景因子は13個あって、そのうちの一つがケア技術です。うまくいかないことを関わり方だけの問題にすると、かえって解決から遠ざかります。
論文は、この点を節の締めでもう一度念押ししていました。
環境やケアによってBPSDが誘発されるという考え方は、ケアする側が関われる要因として魅力的ですが、BPSDは多要因で引き起こされるという基本理解が求められます。
「関われる要因として魅力的」という言い方が的確です。手が届く場所だから、そこに原因を求めたくなる。けれど原因はそこだけではない。背景因子を並べる意味は、責任の所在を散らすことにあるのではなく、手を入れられる場所を漏れなく見つけるためです。
静かな人が「問題なし」とは限らない
もう一点、見落とされやすい話を加えます。BPSDには、騒がしい方向のものだけでなく、静かな方向のものもあります。
論文は、認知症疾患ガイドライン2017がBPSDを4つに分けて説明していることを紹介していました。
| カテゴリー | 挙げられている症状 |
|---|---|
| ①活動性亢進 | 焦燥性興奮、易刺激性、脱抑制、徘徊や攻撃的行動などの異常行動 |
| ②精神病様症状 | 幻覚・妄想、夜間行動異常 |
| ③感情障害 | 不安、うつ |
| ④アパシー | 自発性や意欲の低下、情緒の欠如、不活発、周囲への興味の欠如 |
そのうえで著者らは、薬物療法にあたっては①と②を合わせて過活動性BPSD(陽性徴候)、③と④を合わせて低活動性BPSD(陰性徴候)に分けるのが実用的だと述べています。
薬の話は医師の領域ですが、この分け方は記録にも効きます。論文は評価尺度についてこう書いていました。
BPSDの評価(たとえばNPI)は通常は総得点を示しますが、過活動と低活動または上記4カテゴリーに分けて評価することが、適切な対応法につながると考えます。
一日中座っていて手がかからない人は、記録が薄くなりがちです。けれど、③や④にあたる状態であれば、対応が必要なものを見逃していることになります。手がかからないことと、状態が落ち着いていることは同じではありません。
「特変なし」と書きかけたとき、いつから声を出さなくなったか、いつから食事に手を伸ばさなくなったかを思い出せるかどうか。そこが分かれ目です。
BPSDの記録の書き分けと、次の一歩

最後に、ここまでの話を記録という具体に落としましょう。BPSDの記録は、次の勤務者とチームの判断をそのまま左右します。
「誰が困っているのか」を分けて書く
BPSDの評価尺度のひとつに NPI(Neuropsychiatric Inventory)があります。論文はその構造に注目していました。
BPSDの評価尺度であるNeuropsychiatric Inventory (NPI)では、項目ごとに重症度・頻度と介護負担感(Distress)を同時に評価します。実際に生じている症状の程度と、それによって生じる負担感を分けて評価するのです。
症状の程度と、介護者の負担感。この2つは別々に測られます。
理由も書かれていました。
BPSDは介護者が困る症状が大部分を占めますが、本人自身が困っている症状もあります。対応策を考えるときには、誰が困っているのか、対象者を明確にして評価することが重要です。
これを記録に置き換えると、こうなります。
| 書き方 | あとから読んだ人が受け取るもの |
|---|---|
| 不穏あり。対応困難 | 誰が困っていたのかが分からない |
| 19時ごろから「家に帰る」と繰り返し、玄関前に立つ。表情はこわばり、落ち着かない様子 | 本人の困りごととして書かれている |
| 同じ時間帯に他の利用者の対応が重なり、職員1名では付き添えなかった | 職員側の困りごととして書かれている |
下の2行は、どちらも書く価値があります。混ぜて「対応困難」の1行にすると、どちらに手当てが必要なのかが消えてしまうからです。人員配置の問題なのか、本人へのケアの問題なのか。分けて書かれていれば、チームで議論できます。
きっかけと背景因子を分けて書く
もう一つが、前の章で見た2層の区別です。
- きっかけは、その直前に何があったか(誰が、何と言い、どんな場面だったか)
- 背景因子は、その奥にあるもの(体調・薬剤・環境・生活史など)
きっかけだけを書くと「◯◯さんが声をかけると怒る」という職員個人の話になりがちです。逆に背景因子だけを書くと、いつ起きるのかが見えません。
書き分けの例を挙げます。
| 層 | 記録の例 |
|---|---|
| 起きたこと | 16時、入浴誘導時に大声。腕を振り払う動作あり |
| きっかけ(直前の出来事) | 直前に「さっき言いましたよね」と伝えた場面があった |
| 背景因子(確かめたこと) | 前日から排便なし。膝の痛みの訴えが今週3回。3日前に眠剤が変更 |
背景因子の行は、推測ではなく確かめた事実で書くのがこつです。「不安があったと思われる」ではなく、「排便なし」「痛みの訴え3回」「眠剤の変更」。事実で書かれていれば、次に読む人が動けます。
BPSDの記録3点チェック
明日から使える形にまとめます。BPSDに関する記録を書いたら、3つだけ確かめてみてください。
- 誰が困っているのか(本人か、職員か、両方か。混ぜずに書いたか)
- きっかけと背景因子を分けたか(直前の出来事と、奥にある要因を別の行にしたか)
- 次にいつ見直すか(確かめる項目と、その機会を1行書いたか)
3つとも、この記事で見てきた一次資料の構造をそのまま借りています。1つ目はNPIが症状と負担感を分けて測る作り、2つ目は誘因と背景因子を区別するという整理、3つ目は認知症チームケア推進加算の通知が求める「月1回以上」と「その都度」の再評価に対応します。
抜けやすいのは3つ目です。書いた時点で完結した気になりやすいからでしょう。「来週、排便の記録と時間帯を突き合わせる」の1行があるだけで、次の人が続きを引き取れます。
書いたあと、その記録をどこに載せるかにも選択肢があります。次の勤務者に渡すだけなら申し送り、繰り返し起きているなら定期のカンファレンス、状態や環境が変わったなら前の章で見た「その都度」のカンファレンス。方針そのものを変える必要が出てきたら、ケアプランの見直しをケアマネジャーに相談する道もあります。
それぞれの会議の位置づけはカンファレンスとは(法令が名前を付けた2つの会議)にまとめました。どこに載せるかまで決めて初めて、記録は次の手当てにつながります。
「BPSDかどうか」より先に置く問い
最後に、解説論文がいちばん強く書いている一文を引きます。
最も大切なことは、BPSDかどうかを検討することではなく、「本人はどうしたいのか、本人が何で困っているのか、ケアする側は何で困っているのか」を推測することです。
3つの問いが並んでいます。本人の望み、本人の困りごと、ケアする側の困りごと。論文はこう続けました。
そしてその困りごとを解決するのが適切なケアです。その第一歩が、生じている事態を客観的に把握することです。
分類を当てにいくのではなく、困りごとを見つけにいく。そのための第一歩が、客観的に把握することだと書かれています。記録は、まさにその第一歩にあたるものです。
言葉そのものにも、見直しの動きがあります。論文はBPSDが医学モデルの用語であることを指摘したうえで、パーソンセンタードケアを提唱した Kitwood の議論を紹介し、英国ではBPSDに代えて「Challenging behavior」という用語を使う人たちがいることに触れました。そして「ケアの領域ではどんな用語が適切なのかを、我が国でも今後検討する余地がある」と結んでいます。
「行動障害」を置き換えるために生まれた言葉が、いままた問い直されている。用語は動くものだという前提で付き合っていくほうが、たぶん実務にも合います。
記録は、そのための道具です。分類を書き込む欄ではなく、困りごとを見つけるための材料を残す場所だと考えると、書く手が少し軽くなります。
まとめ|線引きを知ると、記録が変わる

BPSDは、1996年に「行動障害」に代わる言葉として提案され、1999年にいまの4文字になりました。「認知症患者にしばしば生じる」症状であって、全員に必ず出るものではありません。法令の側も、認知症の範囲からせん妄や鬱病を明文で除いています。
そして2024年、BPSDの予防に取り組む体制そのものが報酬で評価されるようになりました。その通知が最初に置いたのは「尊厳を保持した適切な介護を提供することが、その目指すべき方向性である」という一文です。BPSDの予防は、その結果として書かれていました。
次の一歩は、いくつかの選び方があります。直近で「不穏」「対応困難」と書いた記録を1件開いて、誰が困っていたのかが読み取れるか確かめてみる。落ち着かない様子が続いている人がいるなら、排便・発熱・痛みの記録を時間帯と並べ直してみるのもいいでしょう。あるいは、手がかからないと思っていた人の記録を、いつから変わったかという目で読み返してみる。
どれか1つで構いません。分類を言い当てなくても、事実が並んでいれば、チームはそこから動けます。
よくある質問
BPSDとは何ですか?
認知症にともなって現れる行動面と心理面の症状のことで、Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia の頭文字です。1996年に国際老年精神医学会(IPA)が開いた合意会議で、それまでの「行動障害(behavioral disturbance)」に代えて用いるべき用語として提案され、1999年のアップデート会議で "Signs and" が削除されて現在の4文字になりました。IPAの定義は「認知症患者にしばしば生じる、知覚認識または思考内容または気分または行動の障害による症状」です。心理症状として妄想・誤認・幻覚・うつ・アパシー・不眠・不安が、行動症状として徘徊・焦燥・攻撃性・介護に対する抵抗・叫声・不穏・収集癖などが挙げられています。日本で「周辺症状」「随伴症状」と呼ばれてきたものにほぼ相当しますが、せん妄は含まれません。「しばしば生じる」とあるとおり、認知症の人全員に現れるものではありません。
BPSDと中核症状の違いは何ですか?
中核症状は認知症であれば必ず出現する認知機能の障害で、BPSDは全員にみられるわけではない行動面・心理面の症状です。「周辺症状」という呼び方が生まれたのも、中核症状は必ず出現するのに対しBPSDはそうではない、という関係からでした。ただし両者はきれいに二分できるものではありません。認知症介護研究・研修東京センターの解説論文は、洋式トイレで便座のふたを開けずに排尿した場合を例に、「多くの介護者が困る症状」という視点で見ればBPSD、失行・失認という視点で見れば中核症状、ADLの視点で見れば生活障害になるとして、「どの視点で見るかによって、その行為がBPSDかどうかが180度変わってくる」と述べています。レビー小体型認知症の幻視のように、BPSDでも中核症状でもあるものもあります。分類を確定させることより、本人と職員それぞれの困りごとを把握するほうが先でしょう。
せん妄はBPSDに含まれますか?
含まれません。認知症介護研究・研修東京センターの解説論文は「周辺症状や随伴症状にはせん妄が含まれるとする教科書がありますが、BPSDにせん妄は含まれません。せん妄は意識障害の一種で、認知症の症状であるBPSDとは区別されます」と明記しています。せん妄は症状が変動し、適切な治療で軽快するため、BPSDとは区別して対応する必要があるとされました。法令の側でも、介護保険法施行令第一条の二が認知症を定義する際に「せん妄、鬱病その他の厚生労働省令で定める精神疾患を除く」と書いており、除かれる精神疾患の具体名は介護保険法施行規則第一条の二に列挙されています。ただし、せん妄はBPSDの悪化要因としてはきわめて重要で、同論文は「認知症にせん妄が伴っている場合、せん妄が軽快するとBPSDも改善します」とも述べています。診断は医師が行うものであり、介護職の役割は変動の事実を記録して医療につなぐことです。
BPSDの要因には何がありますか?
IPAのBPSD教育パックは、遺伝的要因・神経生物学的要因・心理学的要因・社会的要因の4つを挙げています。認知症介護研究・研修東京センターの解説論文は、これをさらに実務向けに整理し、介入が難しい5要因(脳病変、認知症状=中核症状、高齢期疾患などの身体合併症、地域・文化、生活史)と、介入できる8要因(薬剤、居住環境、せん妄、生活障害、体調、ケア技術・関係性、社会資源、不安・喪失感・心配事)に分けました。体調には便秘・脱水・発熱・疼痛・掻痒が挙げられており、易怒性や焦燥の背景になるとされています。あわせて同論文は、BPSDが生じたときの直前の出来事を「誘因(きっかけ・トリガー)」と呼び、背景因子と区別して考えることを勧めています。なお「ケア技術は大きな要因ですが、これだけでBPSDを良くしようとすると無理が生じます」とも書かれており、関わり方だけの問題として抱え込む必要はありません。
BPSDの記録は、どう書けばよいですか?
「誰が困っているのか」と「きっかけと背景因子」を分けて書くと、次に読む人が動けます。BPSDの評価尺度であるNPI(Neuropsychiatric Inventory)は、項目ごとに症状の重症度・頻度と介護者の負担感(Distress)を分けて評価する作りになっており、解説論文には「対応策を考えるときには、誰が困っているのか、対象者を明確にして評価することが重要です」と書かれていました。「不穏あり。対応困難」と1行にまとめてしまうと、本人の困りごとなのか職員側の体制の問題なのかが消えてしまいます。あわせて、直前に何があったか(きっかけ)と、排便・痛み・服薬の変更といった確かめた事実(背景因子)を別の行にしておくと、時間帯や条件との突き合わせがしやすくなるはずです。2024年度に新設された認知症チームケア推進加算の通知も、対象者1人につき月1回以上の定期的なカンファレンスに加え、心身の状態や環境等の変化が生じたときはその都度カンファレンスを開いて再評価することを求めています。次にいつ見直すかを1行書き添えておくと、記録がそこで止まりません。
出典
- 認知症介護研究・研修東京センター 山口晴保「BPSDの定義、その症状と発症要因」認知症ケア研究誌 2:1-16(IPAの定義・せん妄との区別・背景因子) (2018年(平成30年))
- e-Gov法令検索「介護保険法」第五条の二第1項(認知症の定義・政令への委任) (1997年(平成9年)法律第123号)
- e-Gov法令検索「介護保険法施行令」第一条の二(認知症の定義から除かれる精神疾患) (1998年(平成10年)政令第412号)
- e-Gov法令検索「介護保険法施行規則」第一条の二(除かれる精神疾患の具体名) (1999年(平成11年)厚生省令第36号)
- 厚生労働省「介護情報の各様式」所収の主治医意見書(認知症の中核症状・認知症の行動・心理症状(BPSD)の記載欄) (2023年(令和5年))
- 厚生労働省老健局「認知症チームケア推進加算に関する実施上の留意事項等について」(老高発0318第1号・基本的な考え方と算定要件) (2024年(令和6年)3月18日)
- 厚生労働省老健局長「介護保険法施行令等の一部を改正する政令等の施行について(通知)」(老発0401第5号・介護保険最新情報Vol.961・認知症の定義の改正) (2021年(令和3年)4月1日)
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